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京都地方裁判所 平成8年(ワ)517号 判決

主文

一  被告甲野太郎と同乙山松夫との間の別紙物件目録二記載の建物部分に関する賃貸借契約を解除する。

二  被告乙山松夫及び同丙川竹夫は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物部分から退去してこれを引渡せ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告甲野太郎と同乙山松夫との間の別紙物件目録二記載の建物部分に関する賃貸借契約を解除する。

二  被告乙山松夫、同丙川竹夫、同丁原花子及び同戊田春子は、原告に対し、別紙物件目録二記載の建物部分から退去してこれを引渡せ。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二事案の概要

一  原告は、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件マンション」という。)の区分所有者全員で結成された管理組合の理事長であるが、別紙物件目録二記載の建物部分(以下「本件専有部分」という。)の区分所有者である被告甲野太郎(以下「被告甲野」という。)から本件専有部分を賃借使用する被告乙山松夫(以下「被告乙山」という。)らが、本件専有部分をオウム真理教の教団施設として使用し、本件マンション住民に不安や恐怖感を与えるなどして、区分所有者の共同利益に背反する行為をしているとして、管理組合集会の決議に基づき、被告甲野と同乙山の賃貸借契約の解除及び同乙山らの本件専有部分からの退去明渡を求める。

二  前提となる事実(争いがない。)

1  原告は、本件マンションの区分所有者全員によって構成された本件建物並にその敷地及び附属施設の管理を行うための団体である「戊野ハイツ管理組合」(以下「本件管理組合」という。)の理事長で、建物の区分所有等に関する法律(以下「区分所有法」という。)二五条(昭和五八年の改正前の一七条)にいう管理者であって、平成八年二月四日、本件管理組合の集会の決議により、本件区分所有者全員のために本訴を提起する者と指定された。

2  被告甲野は、本件専有部分の区分所有者であるが、平成七年一〇月二一日、被告乙山に対し、本件専有部分を、期間は平成七年一〇月二一日から二年間とし、賃料は月額一〇万円とする旨の約定で賃貸し、これを引渡した(以下「本件賃貸借契約」という。)。

3  被告乙山、同丙川竹夫(以下「被告丙川」という。)、同丁原花子(以下「被告丁原」という。)及び同戊田春子(以下「被告戊田」という。)は、本件賃貸借契約締結後の平成七年一一月一日から本件専有部分に入居した者である。いずれも、もと宗教法人オウム真理教の出家信者であり、現在ではオウム真理教神聖出家者の会(以下「出家者の会」という。)に所属しながらオウム真理教の教義に基づく修行を続けている。但し、被告戊田は同八年三月に、被告丁原は同九年三月にそれぞれ本件専有部分から退去した。

4  本件マンションは、四八九戸の住居部分と一四戸の店舗部分からなる集合住宅であり、四棟の建物がロ字型に連なり、JR山科駅から宇治方面に向かう外環状線道路に面した西側E棟の一階部分が店舗となっている。住民数は約一五〇〇名である。

5  本件管理組合は、平成八年二月四日、本件マンション内の集会室において、区分所有者集会を開催し、区分所有法六〇条一項に基づく本件賃貸借契約の解除及び本件専有部分の引渡しを請求する訴えを提起することを、あらかじめ被告らに対し弁明する機会を与えた上で、同法六〇条二項、五八条二項所定の多数で決議し、原告を同法六〇条二項、五七条三項に基づき訴訟追行者として指定した。

二  争点

1  被告ら(以下単に「被告ら」というときは、被告甲野を除くその余の被告らを指す。)はオウム真理教教団の構成員といえるか。

2  被告らは、本件専有部分を個人の住居として使用しているのか、それとも教団施設として使用しているのか。

3  オウム真理教教団の現在の危険性

4  被告らが、建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同利益に背反する行為をしたといえるか。その行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しいといえるか。他の方法によっては、その障害を除去して共同部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるといえるか。

三  原告の主張

1  本件マンションの性格

本件マンションは、一部に店舗部分が存する他は全て住居として作られており、専ら家族単位の居住用マンションである。このようなマンションにおいては、平穏かつ良好な居住環境の維持は、区分所有者の共同利益の要素である。以下の事項はその具体的内容である。

〈1〉 住居以外の使用の制限

本来居住空間である専有部分を社会的活動や業務等を行うことを主たる目的として使用することは、他の居住者に及ぼす影響の内容・程度によって、平穏・良好な居住環境を害するものとして、共同利益背反行為となる。

〈2〉 静穏な居住環境の維持

人の出入り等の行為が、通常の住居使用形態から逸脱して静穏を破壊しているならば、共同利益背反行為となる。

〈3〉 居住者の特定

本件マンションの管理規約第一八条では、区分所有者が専有部分を第三者に占有させようとするときは管理組合への届出を義務づけている。

〈4〉 不安や恐怖感のない生活環境

マンション内の他の住民に危害を与えたり、平穏・良好な居住環境を悪化させるような行為を行う不安や恐怖感を抱かせるような使用行為は、共同利益背反行為となる。

2  非住居使用について

被告らは当初、オウム真理教教団京都支部の廃止に伴い、本件専有部分をオウム真理教信者の京都連絡所にする意図であったこと、被告らは本件専有部分を「山科精舎」と呼称しているが、精舎とはオウム真理教の教団施設であることを表すこと、オウム真理教教団の広報部副部長である戊山二郎が、四回にわたって本件専有部分に来訪していること、本件専有部分が多数の信者の居住、集合場所となっていること、教団の他の施設から多数の書籍、物品、食糧が定期的に送られて来ていること等から、被告らは、本件専有部分をオウム真理教の教団施設として使用しているといえる。

3  静穏な居住環境の侵害について

本件専有部分には、被告ら以外にも、信仰相談や勉強会等のために時間帯を問わず不特定多数の教団信者らが深夜を含めて頻繁に共用部分を通って出入りする状態となっている。室内で修行・相談等の活動を行うことから、滞在時間も長くなっている。また、室内で、マントラ(真言)を唱えたり五体投地という特異な修行を行うため、通常の住居使用にはない騒音や振動を発生させている。

4  居住者の不特定について

当初の入居者は被告乙山、被告丙川、被告丁原、被告戊田のほか丙山夏夫(もと相被告。訴取下げ済。)であったが、丙山夏夫が退去し、丁川秋夫が入居及び退去し、被告戊田が退去し、平成八年七月までに戊原夏子及び甲川秋子が被告丙川の勧めにより入居し、平成九年三月には被告丁原が退去し、さらに同年四月には被告乙山自身が千葉に転出し、同じころ、京都市内の他所にいた信者三名が入居しているにもかかわらず、管理組合への届出はなされていない。

5  マンション居住者に不安や恐怖感を抱かせる使用行為について

(一) オウム真理教教祖乙野春夫こと甲田梅夫(以下「甲田」という。)は、自ら最終解脱者(グル)であると称し、同人の導きによって修行することが、解脱を達成する唯一の道であると説いた。その修行においては「グル」である甲田に対する帰依が第一とされ、甲田は教団内で唯一絶対的な権力を保持していた。そして、オウム真理教を去る覚悟がなければ、甲田の教えに背くことは不可能であった。

(二) オウム真理教の教義の本質を示すものが、殺人肯定につながる「タントラ・ヴァジラヤーナ」である。

(三) オウム真理教幹部らは、甲田の指示に従って、タントラ・ヴァジラヤーナの教義の実践として、山梨県西八代郡上九一色村の教団施設第七サティアンにサリン生成プラントを建設し、サリンを生成し、平成七年三月二〇日、営団地下鉄千代田線等を走行中の車両内等に散布、多数の死傷者を発生させた(いわゆる地下鉄サリン事件)。いわゆる松本サリン事件(同六年六月二七日)、假谷氏監禁致死事件(同七年七月二八日)も同様である。

(四) オウム真理教の支部や施設が進出した地域では、近隣住民が様々な生活妨害を被っている。例えば、上九一色村では、教団施設の建設中の騒音、大音量のマントラ、教団関係車両と多発する交通事故、ゴミの焼却による煤煙、サリン漏出事故等多岐にわたっている。また、東京都江東区亀戸では、平成四年にオウム真理教が「新東京総本部」ビルの建設を開始し、二四時間騒音を立てることも構わず工事を続行し、同年六月二八日以降四日間にわたって猛烈な悪臭を発生させた。

(五) 宗教法人オウム真理教は、平成七年一〇月三〇日、東京地方裁判所において解散命令を受けたが(同年一二月一九日即時抗告棄却、同八年一月三一日特別抗告棄却)、現在においても、教団からの信者に対する指示内容や教団の信者に対する強固な指揮命令関係は解散前と変わらず、解散前と同一性を保ったまま存続している。被告らも、タントラ・ヴァジラヤーナの教えを含む従前からの教義や修行方法を維持している。

(六) したがって、被告らは、依然として教団の情報統制とマインド・コントロールを受けていることから、本件マンションの住民に対して危害を及ぼす行為や近隣住民を省みない迷惑行為に及ぶ危険性が高く、本件マンション住民に不安や恐怖感と隣り合わせの生活を強いている。

6  被告らが本件専有部分をオウム真理教の施設として使用していることは、本件マンションの生活環境とともに、その財産的価値を著しく毀損している。

7  以上の共同利益背反行為は、いずれも、区分所有者の共同生活上の著しい障害となっている。

8  さらに、教団の犯罪行為や教義に対する反省を拒否して教団組織との強固な結び付きを維持している被告らが、本件専有部分を集団で使用している限り、右の著しい障害を除去することは不可能であるから、区分所有者の平穏な共同生活を維持するためには、被告らが本件建物から退去する以外に方法はない。

9  よって、原告の本件契約解除請求及び被告らに対する引き渡し請求が認められるべきである。

三  被告らの主張

1  被告らは、出家者の会に所属する会員である。同会は、出家信者の社会復帰を援助する目的を有し、すでに解散した宗教法人オウム真理教とは、目的、役員、構成員が異なる団体である。また、現在、オウム真理教の信者全体を束ねる統一的機関は存在しない。

2  被告らの使用態様

被告らは、当初、本件専有部分を在家信者の修行や教学の場所として使用する企画を有していたが、住民らの反対で実行に移していない。被告らは室内に祭壇を設け、修行も行なっているが、これは、通常人が自宅に仏壇を設け、お経を上げるのと同じである。入居者に異動もあるが、被告乙山及び同丙川は居住し続けており、その他の者は被告乙山の占有補助者であるから、全体としての占有形態に変化はない。しかも、本件賃借の目的は、転居先に行き詰まったオウム真理教の信者が入居することにあり、被告甲野もこれを了解していたから、住居を見付けた信者が出ていき、又、住居に窮した信者が入居してくるというのは、当初の契約目的に何ら違反しない。入居者以外にも信者や市民運動家の出入りがあるが、通常の範囲内である。したがって、被告らの使用態様は、住居としての使用である。

仮に、被告らの使用態様が住居の範囲を越えていたとしても、本件マンションの管理規約には専有部分の使用目的を住居専用に限定する旨の定めはないから、規約違反はなく、また、現に店舗専用部分以外の 「住居」部分においても、学習塾、会社事務所、建築事務所、税務会計事務所等住居目的以外に使用されている例が、少なくとも七戸存する。

その他、被告らが生活騒音以上の騒音を発したことはないし、共用部分の不当使用等も一切ないから、共同利益背反行為は存在しない。

3  オウム真理教の教義は、暴力的破壊活動を肯定するものではなく、伝統的な仏教の流れを汲む戒律宗教である。宗教法人オウム真理教が組織として犯罪行為を起こしてきたことは否認する。

4  原告が主張するところのオウム真理教の信者たる被告らが本件マンション住民の生命身体等を侵害するかもしれないという区分所有者の不安感・恐怖感は、区分所有法六〇条一項・五七条四項・一項にいう「その行為(同法六条一項に規定する共同利益背反行為)をするおそれがある場合」にも当たらない。けだし、右の「おそれ」は外部に表現された客観的状況からその存否を判断しなければならず、破壊活動防止法七条と同様、「継続又は反覆して将来さらに団体の活動として暴力主義的破壊活動を行う明らかなおそれがあると認められるに足りる十分な理由」を要すると解すべきところ、オウム真理教教団に対して同条による解散指定を求める旨の解散請求が棄却されたとおり、右の十分な理由があるといえるような事情はない。

第三争点に対する判断

一  被告らとオウム真理教の関係

1  オウム真理教教団(以下「教団」という。)は、昭和五九年、甲田梅夫(以下「甲田」という。)が創始者となって設立した「オウム神仙の会」を前身とする宗教団体であり、昭和六二年、「オウム真理教」と改称し、平成元年八月二九日、甲田を代表役員とし、「主神をシヴァ神として崇拝し、創始者甲田梅夫(別名乙野春夫)はじめ真にシヴァ神の意志を理解し実行する者の指導のもとに、古代ヨーガ、原始仏教、大乗仏教を背景とした教義をひろめ、儀式行事を行い、信徒を強化育成し、すべての生き物を輪回の苦しみから救済することを最終目標とし、その目標を達成するために必要な業務を行う。」ことを目的とする旨規定した規則を作成し、宗教法人の設立登記がなされた。教団は、平成七年三月には、国内外に二八か所の本部又は支部を設け、出家信者数は約一四〇〇人、在家信者数約一万四〇〇〇人と称されていた。

しかし、同月二二日の教団に対する強制捜査開始以降、教祖甲田をはじめとする多数の教団幹部が逮捕勾留され、東京地方検察庁検察官検事正及び東京都知事の請求に基づく解散命令(東京地方裁判所平成七年一〇月三〇日決定、東京高等裁判所同年一二月一九日抗告棄却決定、最高裁判所平成八年一月三〇日特別抗告棄却決定)によって解散し、さらに、同年三月二八日、東京地方裁判所において破産宣告を受けたことから、山梨県西八代郡上九一色村のサティアンと称する大規模建物を含む教団施設を退去し、地方支部の一部も閉鎖を余儀なくされた。

これらの相次ぐ障害にもかかわらず、教団は、依然として甲田に帰依する出家信者を中心に、合議制の意思決定機関「長老部」、教義問題等を扱う「勝議部」、訴訟問題等を扱う「法務部」、マスコミ対策をする「広報部」等の本部機構を設けて、その組織を維持している。甲田は、「教祖」の地位を幼少の長男と次男に譲ったものの、現在でも「尊師」「開祖」として信者の帰依の対象になっていることに変わりはない。したがって、教団は、宗教法人格を失い、破産により法人として有していた財産を失ったものの、オウム真理教の教義を広め、これを実現することを目的とし、甲田に帰依し同教義に従う者によって構成される団体として存続しているといえる。

2  被告らは、現在、出家者の会(会員数約五〇〇名)に所属する会員であるが、同会は、オウム真理教の出家信者らが、平成七年六月ころ、宗教法人の解散を懸念して結成した「オウム真理教一般出家信者の会」の後身である。出家者の会は、出家者である会員の生活の経済的基盤を確立し、そのために必要な共同の事業を行い、もって会員の出家修行の維持・発展を図ることを目的とする。同会は、会員から生活協同基金として金銭の出資を求め、会員に生活援助金の支給や仕事や住居の紹介を行っているほか、宗教法人オウム真理教の関連会社であるプロスペリテグロリューズ株式会社(現株式会社ダルマパーラ)、ドゥブニールミリオネール株式会社(株式会社神聖真理発展社を経て現株式会社アレフ)、オウム出版株式会社(現株式会社オウム)を譲り受け、有料修行セミナーの開催、オウム真理教関連の物品や書籍の販売等の活動を行っている。被告丙川は、株式会社オウムの従業員である。

3  出家者の会から発刊されている「金剛心」第一号(平成八年五月五日発行)は、甲田の過去の説法を多数掲載するとともに、教義の記憶修習と甲田に対する帰依を勧める内容となっている。

4  被告らは、本件訴訟において、教団代表代行たるウッタマー正悟師こと乙原冬子等の教団幹部や法務部等の教団の機関に報告をしたり、指示を仰いだりしている。

5  以上のとおり、出家者の会は、教団の施設から退去して、一般社会で自立的生活をすることを余儀なくされた出家信者らの互助団体の性格を有するものと自称しているが、その活動内容や教団幹部との関係をみると、実質上教団の一部を構成するものということができ、出家者の会の会員は教団の構成員であると認められる。

二  被告らの本件専有部分の使用態様

1  被告らの入居に至る経緯

被告丙川は、平成六年一一月より、教団の旧京都支部(京都市下京区)に居住していた。被告乙山と丙山夏夫は宗教法人解散の迫った平成七年九月に上九一色村の教団施設から、被告丁原は同年一〇月に同所から、丁川秋夫は同年一〇月静岡県の教団施設からそれぞれ同支部に転居してきた。同支部のあった賃借建物は平成七年一〇月末日までに明け渡す約束となっており、被告らは転居しなければならなかったが、オウム真理教信者であるために不動産業者から入居を断られ続けていたところ、そのことを週刊誌の報道で知った被告甲野が、同月一五日、旧京都支部を訪れ、被告乙山に対し、本件専有部分の賃貸を申し出、同月二一日、旧京都支部において本件専有部分の賃貸借契約が締結された。

2  同契約の契約書においては、使用目的は「住居」と記載されているが、被告甲野は、道場、事務所、店舗など自由に使用し、被告乙山以外の者が入居することも許した。そもそも、賃借人名義を被告乙山にしたのは、被告らの中で一番ステージ(教団内での地位)が高い同人が代表して賃借人となったというものであり、敷金・礼金等の諸費用は出家者の会から援助されている。

3  被告らは、平成七年一一月一日、本件専有部分に入居した。なお、被告らは、当初、本件専有部分を、教団京都支部閉鎖後における在家信者からの問い合わせ等に対処するための連絡所としても使用することを予定し、その旨の信者あてのビラを準備し配布した。右ビラには、支部に代わる施設として連絡所を設けるものであり、ここで修行や教学も従来のようにできる旨、そして、「最近の支部閉鎖及びその移転といったような内容のマスメディアによる一方的かつ否定的な報道には心を動かすことなく日々の修行に励まれるよう奮闘努力しましょう。(中略)尊師は『今頑張れば教団ごと解脱するかもしれない』といわれています。」などという呼びかけがあった。

4  本件専有部分は、外環状線に面した西側E棟の二階にある。その階下は美容室である。その間取りは、玄関から奥に順次、南側(玄関から見て左手)は三畳の洋室、四畳半と六畳の和室、北側(玄関から見て右手)は浴室、トイレ、キッチン、四畳半の居間から成り、他に西の屋外にバルコニー部分がある。各部屋の使用状況は、入居後若干の変化があるものの、平成九年一月当時においては、北側四畳半の居間は、被告丙川の居室として、南側三畳の洋間は、被告乙山の居室として、南側四畳半の和室及び同六畳の和室は、被告らの修行場及び応接間とするとともに同六畳の和室は、被告丁原らの寝室としても使用されていた。南側四畳半和室の押し入れ部分には、祭壇が設けられており、押し入れの上段に台を置き、サテンの布で覆い、甲田の写真と小さな法具類が置かれていたが、甲田の長男と次男が教団の後継者に指名されてからは、「誕生 我らがグル」とのタイトルの入った右二名の写真入りポスターを掲げている。右祭壇の前には賽銭箱が置かれており、被告らが働いて得た収入を布施する道具として使用されている。被告らは、南側四畳半の和室及び同六畳の和室を修行場として使用することもあるが、各人が、個々独自に仏典学習、呼吸法、瞑想等の修行を行っている。本件専有部分には、オウム真理教の布教のための多数のビデオや書籍が保管され、この中には、オウム出版の営業用在庫も含まれている。また、教団の旧京都支部から運び込んだ電話、ファクシミリ、パソコン等も設置されている。

5  被告らは、本件専有部分を、「山科精舎」と呼称しているが、精舎というのは、宗教法人解散前から教団施設を表す名称として用いられていた。

6  入居者の変遷

平成七年一一月一日、最初に入居したのは、教団の旧京都支部から移ってきた被告乙山、同丙川、同丁原、丙山夏夫及び丁川秋夫と、東京青山の総本部道場から移ってきた被告戊田の六名であった。その後、同年一二月に丁川秋夫が、平成八年二月に丙山夏夫が、同年三月に被告戊田がそれぞれ退去し、代わって同年四月に戊原夏子及び甲川冬子が名古屋から転居してきた。平成九年三月には、被告丁原が退去し、同年四月末には本件賃貸借の賃借名義人である被告乙山も千葉に転出した(但し、本件専有部分に対する間接占有は認められる。)。また、平成八年九月三日に占有移転禁止仮処分命令(当庁平成八年(ヨ)一〇一七号)が発令され、同月九日に執行されたにもかかわらず、平成九年四月中旬ころ、京都市中京区内に居住していた三人が入居した(なお、この三人はすでに同年七月に退去したと被告らは主張する。)。初めの入居者については、本件管理組合との交渉の中で明らかにされているが、その後の転出と入居については、本件管理組合に届けられてはいない。

7  本件専有部分への入居者以外の者の出入り

本件専有部分には、本件専有部分での居住が確認されていない多数の出家あるいは在家の信者らが継続的に訪問して来る。午後〇時以降から翌日の午前三時ごろまでの時間帯にわたって断続的に人の出入りが認められる。信者が来訪する目的は、修行、研修、信仰相談といったものであり、平成八年二月ころから、毎週水曜日の午後八時から同一一時ころまで、一〇名前後が集まり、勉強会を行っている。なお、被告丙川は、平成八年一一月八日に行われた本件裁判の原告本人尋問において右勉強会が本件マンション住民に迷惑を掛けているとの指摘を受けて、同日以降は右勉強会を中止していると供述したが、平成九年四月一一日から六月三日までの五四日間をみても、入居者以外の者の出入りが一〇名以上ある日が少なくとも二〇日以上あり、午後九時から翌未明にかけて二〇人前後が入退室した日もあることが認められることから、何らかの信者の集会が続けられているものと推認される。教団広報副部長の戊山も出入りし、同九年二月までに四回訪れた。

8  このほか、教団から被告ら宛に、出家者の会の機関誌「金剛心」や埼玉県越谷市にある教団工場で製造された食糧が配付されてくる。また、災害に備えるためとして、教団から入居者全員にサバイバルセットが配付されたこともあった。

9  被告らからも、ウッタマー正悟師(乙原冬子教団代表代行)や法務部等にあてて、本件訴訟に当たっての本件管理組合の臨時総会の模様を報告したり、右臨時総会における被告らの弁明文の添削を求めている。また、本件訴訟に関し、右正悟師から、パソコン通信により、「今いる教団のサマナ(出家修行者)全体の問題だから、頑張ってほしい。裁判とか、こういう追い出し運動に負けずに。」という趣旨の送信を受けたり、相談したりしている。

10  以上を総合すると、本件専有部分は主に住居として使用されているとはいえるが、特に居住者の移動の激しさや資金面を含めた教団との関わりを考慮すれば、被告ら個人の住居というよりも、教団の集団居住施設に被告らが入居しているとみるのが実態に即している。

これに対し、被告らは、被告乙山と同丙川が固有の居住者で、他の者は被告乙山の占有補助者に過ぎず、占有形態は変わっていない旨主張する。しかしながら、被告乙山は賃借名義人でありながら、他の居住者の出入りや動向に対してあまり関心を払っていなかったこと、すでに他に転居していること、他の居住者と被告乙山とは、同じ出家信者であるというだけで経済的にも独立した生活をしていたことからすると、被告乙山以外の居住者も本件専有部分に対して独立の占有を有する者であるというべきである。

また、本件専有部分が信者の修行場ないし連絡所としての機能を有することも否定できない。

したがって、本件専有部分の使用態様は、被告らの個人的住居としての使用ということはできず、教団の出家信者用集団居住施設としての使用であるというべきである。

三  オウム真理教の危険性

1  オウム真理教の組織と教義

甲田は、自ら最終解脱者(グル)であると称し、同人の導きによって修行することが、解脱を達成する唯一の道であると説いた。その修行においては「グル」である甲田に対する絶対的な帰依が求められ、甲田は教団内で絶対的な存在となっていた。

さらに、出家信者は、甲田(グル、「尊師」)以下、「正大師」「正悟師」「師長」「師」「サマナ」などの階級(ステージ)に区分され、上位のステージにある信者からの指示は絶対とされていた。すなわち、オウム真理教は、甲田を頂点としたヒエラルヒーを形成し、甲田の意思が絶対とされ、その指示によって教団意思が形成されていた。

オウム真理教は、甲田の説法によりその教義が構成されているところ、例えば、平成元年九月二四日の世田谷道場において、甲田は、「すべてを知っていて、生かしておくと悪業を積み、地獄へ落ちてしまうと。ここで例えば、生命を絶たせた方がいいんだと考え、ポワさせたと。この人はいったい何のカルマを積んだことになりますか。殺生ですかと、それとも高い世界へ生まれ変わらせるための善行を積んだことになりますかと。ということになるわけだよね。でもだよ、客観的に見るならば、これは殺生です。客観というのは人間的な客観的な見方をするならば。しかし、ヴァジラヤーナの考え方が背景にあるならば、これは立派なポワです。(中略)智慧ある人がこの現象を見るならば、この殺された人、殺した人、共に利益を得たと見ます。」などと説いている。

また、「決意の標準フォーム」には、「タントラ・ヴァジラヤーナは、グルの意思の実践がすべてだ。それ以外は無効である。功徳にならない。グルの指示がすべてだ。それ以外は無効である。功徳にならない。タントラ・ヴァジラヤーナは、結果の道である。したがって、結果のためには手段を選ぶ必要がない。なぜならば、凡夫を悪趣から解放し、自分自身も最終の解脱悟りに到達すればいいからである。手段はその手続にすぎない。よって、いっさいの観念を捨てるぞ。いっさいの観念を捨てるぞ。そして、タントラ・ヴァジラヤーナの実践を行うぞ。」などと記載されている。

このように、オウム真理教においては、甲田の意思の実現がすべてであるとして絶対的な帰依を求め、目的のためには手段を選ばず、甲田の指示があれば、殺人も「ポワ」として許されるという危険な教義を有していた。

2  オウム真理教は、右の教義の実践として、甲田の指示ないし承認のもとに、以下のとおり、凶悪事件を引き起こした。

(一) サリンの製造

教団は、平成五年頃、その教義・思想(ハルマゲドン等と称する世界的な混乱状態)の実現の準備として、毒ガスの研究を開始し、上九一色村に所有する教団施設内でサリンの生成に成功した。サリン(化学名 メチルホスホノフルオリド酸イソプロピル)は、殺人以外に用途のない神経ガスの一種であり、常温下で無色無臭の揮発性の液体で、吸入若しくは皮膚感染で人体に容易に吸引され、ごく少量でも吸収されると、副交換神経の命令伝達機能を麻痺させる。その結果、肺等の筋肉が収縮したまま動かなくなり、呼吸筋の麻痺が直接の原因となって死亡に至る。その致死量は、呼吸によって吸引した場合には、体重一キログラム当たり〇・〇一ミリグラムである。

(二) 松本サリン事件

甲田及び教団幹部の丙田冬夫(以下「丙田」という。)らは、平成六年六月頃、長野地方裁判所松本支部における教団松本支部設置に関わる土地返還請求訴訟の結末を危惧し、その進行の妨害を図るとともに、それまでに生成したサリンの効果を試すため、右裁判所に噴霧車を使ってサリンを撤くことを決めた。実行行為者である丙田らは、同年六月二七日、サリン散布の対象場所を右支部裁判官宿舎に変更し、松本市北深志一丁目付近において気化させたサリンを十数分間にわたって周辺に発散させた。その結果、付近の住民六名がサリン中毒により死亡し、一四三名がサリン中毒症の傷害を負った。

(三) 地下鉄サリン事件

甲田は、平成七年三月頃、目黒公証役場事務長丁野一郎拉致監禁致死事件に関連して、教団施設に対し大規模な強制捜査が実施されるとの危機感を抱き、警察組織に打撃を与えるとともに首都中心部を混乱に陥れ、捜査の矛先をそらそうと考え、東京都千代田区内の地下鉄霞ケ関駅を走行する地下鉄列車内でサリンを撒いて多数の乗客らを殺害することを決意し、丙田らに対し、具体的な立案実行を命じた。これを受けて、丙田は、甲田の了承を得て、実際にサリンを撒く実行行為者として、信者五名を選定した。右五名は、同年三月二〇日朝、帝都高速度交通営団日比谷線秋葉原駅直前付近を走行中の中目黒行き電車内、同線恵比寿駅直前付近を走行中の東武動物公園行き電車内、同営団丸ノ内線御茶ノ水駅直前付近を走行中の荻窪行き電車内、同線四ツ谷駅直前付近を走行中の池袋行き電車内、同営団千代田線新御茶ノ水駅直前付近を走行中の代々木上原行き電車内において、それぞれ用意したサリン混合液在中のビニール袋二袋ないし三袋を床に置いてビニール傘の先で突き刺し、サリンを漏出させ、各電車内又はその後停車した各駅構内等において、乗客や駅職員等にサリンを吸引させた。その結果、一一名がサリン中毒により死亡し、三〇〇〇名を超える多数の者がサリン中毒症の傷害を負った。

右犯行後、甲田は、実行行為者らに対し、「これはポアだからな。」「グルとシヴァ大神とすべての真理勝者方の祝福によってポアされてよかったねという詞章を一万回唱えなさい。」等と言った。

(四) 以上のとおり、甲田の指示に基いて、サリンの製造、松本サリン事件及び地下鉄サリン事件における殺人・傷害行為がなされたものであるが、かかる犯罪行為も、グルである甲田の指示したことであれば、オウム真理教の教義における救済行為としての意味を有する旨の解釈がなされ、かかる解釈を信者らが受容し、かつ、自己の最終解脱に役立つと信じたからこそ実行されたものと認められる。

3  オウム真理教の現在の危険性

前記のとおり、甲田は、教祖の地位を実子に譲ったとされているが、依然として、信者の絶対的な帰依の対象となっていることは、以下の諸事実からも明らかである。すなわち、出家者の会から発刊されている「金剛心」第一号(平成八年五月五日発行)は、甲田の過去の説法を多数掲載するとともに、外部の情報源を遮断し、教義の記憶修習と甲田に対する帰依を勧める内容となっている。例えば、「あるサマナのサマディ体験」として逮捕、勾留中の修行状況を説明したうえ、「今、テレビ・新聞・雑誌などでいろいろな否定的データが入ってきていますが、特に在家で修行されている方の場合は、その否定的なデータと戦う意味で、教義の記憶修習を今まで以上にガンガンやる必要があると思います。そして真理の法則を潜在意識、超潜在意識に根付かせて、絶対に揺れない心、ヴァジラの心、金剛心をつけてもらいたいと思います。そして苦しいときほどグルを強く意識することが必要だと思います。わたしのサマディ体験のように、苦しいときには必ずグルはわたしたちに力を与え、救済して下さるのですから。」という記載がある。

「尊師ファイナルスピーチ」は、平成七年末に上九一色村の教団施設から本件専有部分に入居している被告らに送付されたものであるが、その「注釈」には、「金剛乗の誤解されやすい部分については、前後を削除してあります。」としながら、「普段の教学においては以前の出版物を活用するのが望ましいと思われます。」としており、前記神聖真理発展社が平成八年五月に発行した同社会員に宛てた文書には、「巷では破壊活動防止法の適用も噂されています。もし、このような事になれば私達は尊師のご著書すら手に入れることがむずかしくなります。尊師の説かれた貴重な法を早くそろえていただくことをお勧めします。」として、従来の教義の学習、資料の入手を勧めている。

さらに、被告らは、本件専有部分内の和室押入れに設けた祭壇の横の譜面台に「信徒用決意」と題するビデオテープのシナリオの拡大コピーを備え付けているが、その内の「信徒用決意I」には、「わたしは正しい高い転生を行うぞ。そのためには、タントラ・ヴァジラヤーナの発願が必要である。」旨記載され、同じく「信徒用決意III 」には、「大切なのは迷妄の人々を真理に結び付けることであり、真理を実践させることである。そのためには、いかなる手段でも用いて救済するぞ。救済を成し遂げるためには手段を選ばないぞ。」「そして、周りの縁ある人々を高い世界ヘポワするぞ。」との記載があることからみても、教団は、タントラ・ヴァジラヤーナの教えを含む以前と全く同じ教義を維持していることは明らかである。

また、現在の教団が平成八年一月に発行したサマナ(出家修行者)用の「生活マニュアル」においても、サマナは親族や知人に連絡することは原則として禁じられ、外部の情報を遮断することとされており、一般社会に融和していこうとする姿勢は全く見られない。

以上のとおり、教団は、強制捜査、解散命令、破産宣告等の相次ぐ障害により、弱体化したとはいえ、教団としての組織を維持しようとしていること、信者の甲田に対する帰依は依然強固であること、危険な教義を破棄していないこと、前記両サリン事件等の犯罪事件に対する反省の気配も全く見られないことを考慮すると、教団の危険性は無視しうるほどに減じてはいないということができる。

被告らは、現在の教団が危険であることを外部に表出するような具体的な事実はないと主張するが、強制捜査を受けた平成七年三月以前の教団と現在の教団との継続性は、組織、構成員、教義の点から明らかに肯定できる。確かに、現在の教団は、サリンの如き無差別的大量殺人兵器を製造調達する能力を失ったと認められ、再武装化等、暴力主義的破壊活動を企て、その準備を行うことは困難といえようが(破壊活動防止法七条による解散指定請求に対する公安審査委員会平成九年二月四日決定。同日付官報号外特第二号)、サリン事件等に象徴される教団の危険性が拭い去られたといえるような事情も認められない。

四  共同利益背反行為(区分所有法六条一項)

1  本件専有部分への入居者以外の者の出入り

本件マンションの住居部分については、その使用を住居専用に限るとの管理規約は設けられていないが、構造上明らかに家族向け住宅として使用することが予定されており、現にそのように使用されている。四八九戸の住居部分のうち、七戸は、学習塾、会社事務所、建築事務所、税務会計事務所等に使用されてはいるが、学習塾は、その専有部分の居住者が行っているもので、一定の日時に特定少数の生徒が出入りするのみであるし、他の事務所等も、その居住者が営む事業の看板を掲げて、電話連絡先として使用している程度のことで、その専有部分を主たる事務所として営業しているわけではなく、頻繁な人の出入りがあるわけではない。

ところが、前記二7で認定したとおり、本件専有部分への入居者以外の出入りの数は、通常の家族が住居として使用している場合には考えられないほど多く、かつ、深夜から未明にかけての時間帯の出入りが多く、防犯上極めて好ましくない状況であるといえる。

しかも、右の状況は、本件管理組合により、本件専有部分への出入りが監視カメラを用いて監視されているもとでのことであって、右監視がなくなれば、出入りが一層増加するであろうことは容易に予想できるところである。

そうしてみると、被告らが、時間帯を問わない頻繁な人の出入りを招いている行為は、既に、平穏且つ良好な居住環境を悪化させるものとして、共同利益背反行為にあたるというべきである。

2  教団施設としての使用について

(一) 本件マンションの住居部分については、住居専用との規約はないが、住居以外の用途に用いることには自ずから制約があり、平穏かつ良好な居住環境を悪化させるような行為は制限されなければならないことは前記のとおりであるから、周囲の居住者の生活に妨害や悪影響を与える使用は、その態様・程度によっては、その使用行為自体が区分所有者の共同利益に背反する行為と評価される場合もありうるというべきである。

そして、周囲の居住者に対して強度の不安感や恐怖感等の心理的悪影響を及ぼす行為は、それが客観的な資料に基いて、社会通念上受忍限度を越えるものと評価されうる限り、他の区分所有者の家庭生活を妨害するものとして、共同利益背反行為に含まれるといわねばならない。けだし、心理的生活妨害であろうと物理的生活妨害であろうと、区分所有者の家庭生活を困難にすることには変わりがないからである。

(二) 被告らが、本件専有部分を、個人的な住居として共同使用し、その中で信仰生活を送っているにとどまる限りは、その属する教団が危険な存在であるというだけで、直ちに被告ら個人が危険な存在であるということはできないから、その居住行為自体が共同利益背反行為にあたるということはできない。

けれども、前記認定のとおり、本件専有部分は被告らの個人的な住居という域を越え、教団の施設として使用されているものというほかない。そして、現在においても、教団は、甲田及び前記各事件当時の危険な教義を信奉して組織を維持しており、なおその危険性は無視できるほどには減じていないものと認められる。そうであれば、本件専有部分をそのような教団の集団居住施設として用いることについては、他の区分所有者に対して、予想もしえないような危害が加えられるかもしれないという著しい不安感を与えるものであることは否定すべくもない。しかも、前記各事件がこれまでに例を見ないほど凶悪な事件であり、個人的なあるいは突発的な異常行動ではなく、教団の最高幹部ら複数によって、組織的に計画され、繰返されたものであることからすると、その不安感は、客観的な根拠に基づくものであり、受忍限度を越えるものであるといわざるをえない。

(三) もっとも、このような場合でも、被告らの方で積極的に他の区分所有者の不安感を解消する措置を取るならば、教団施設としての使用であっても共同利益に背反する行為といえなくなることもあり得る。この点について、被告らも、本件マンション住民の不安感について理解を示し、原告や右住民等による本件専有部分への立入検査を平成七年一一月一日から一二月一五日までの間に三〇回以上も受け入れていたことが認められる。しかしながら、原告らの不安の根拠は、地下鉄サリン事件等の教団による犯罪行為にあるのであるから、被告らは、これらの事件やその原因について真摯な検討が求められるのに、自分たちはこれらの事件については全く知らないと述べたり、あるいは、刑事裁判で結果が出てから考えると述べたりするのみで、甲田に対する帰依や教義への疑間すら示さず、区分所有者の不安を解消しようとする姿勢が見られない。

(四) この点について、被告は、団体の解散の指定を定めた破壊活動防止法七条と同様、「継続又は反覆して将来さらに団体の活動として暴力主義的破壊活動を行う明らかなおそれがあると認めるに足りる十分な理由」がなければ、区分所有者の共同利益に背反する行為をするおそれがあるとはいえない旨主張する。しかしながら、破壊活動防止法七条の要件が危険の明白性と理由の十分性を重ねて要件としているのは、同法が国民の基本的人権に重大な関係を有するものであることに鑑み、公共の安全の確保のために必要な最小限度においてのみ適用すべきものとされているからなのであって(同法二条)、かかる解釈を区分所有者相互の利害調整を目的とする区分所有法の問題に援用することは妥当ではない。区分所有法は、居住者の円満な共同生活を維持するため、区分所有権に対し特別の制約を加えることを認めているのであるから、区分所有者の共同生活を困難にする使用行為は共同利益背反行為として制約を受けるのはやむを得ないといわなければならない。

(五) よって、被告らが本件専有部分を教団施設として使用すること自体が、区分所有者の共同利益に背反する行為というべきである。

3  さらに、右1及び2の共同利益背反行為による区分所有者の共同生活上の障害は著しく、前記のとおり(二の6)占有移転禁止の仮処分をも守らない状況の下では、他の方法によってはその障害を除去して区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難であるとき(区分所有法六〇条一項)に当たるものといわなければならない。

五  以上によれば、本訴請求は、本件専有部分に関する賃貸借契約を解除し、被告乙山及び同丙川に対し、本件専有部分から退去して明け渡すことを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の被告丁原及び同戊田に対する請求は、両名が既に退去し占有していないから理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条但書を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下司正明 裁判官 橋本真一 裁判官 菊井一夫)

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